【商品内容】
商品説明 |
商品名 |
御城印第4弾(前橋城・厩橋城新縄張絵図2枚セット・総社城・武将印) |
商品内容 |
①前橋城・厩橋城2枚1組セット御城印(※1) 新たに江戸中期頃といわれる前橋城縄張絵図を使用した2枚1組の金家紋の特別御城印です。
②総社城御城印(※2)
③北条高広(きたじょうたかひろ)武将印(※3)
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特別版進呈について |
今回の御城印購入後、前橋城などを訪れた機会に前橋物産館にお越しいただき購入した御城印セットをご提示いただければ前橋城特別印(黒) 特別進呈版を無料でプレゼントします。
特別版進呈場所:前橋物産館ヴェントマエバシ 特別版進呈期限:全国の緊急事態宣言解除後~令和4年5月31日まで |
販売時期 |
オンライン販売:令和3年9月6日(月)午前9時から |
販 売 数 |
オンライン限定300セット |
販 売 額 |
2,000円(郵送料込み) |
販売方法 |
オンライン販売:前橋物産館ヴェントマエバシ オンラインショップサイトを利用
商品の発送はご注文後、1週間程度を予定しています。
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(※1)前橋城(厩橋城)
前橋城(古くは厩橋城)は、関東の七名城の一つに数えられた渦郭式の平城。室町時代中期の15世紀末期の箕輪城主長野氏によって築かれました。北の越後、西の信濃と関東方面への入口を抑える要衝として戦国時代は、北条氏、上杉氏、武田氏、織田の滝川氏、徳川の平岩氏などが支配する群雄割拠の城でした。特に、軍神と呼ばれた関東管領の上杉謙信が13回とも言われる関東出兵の際に在城、越年した城です。
江戸時代には、徳川家の重臣酒井重忠は、徳川家康より江戸の北の守りの要として「汝に関東の華(はな)をさずける。」と厩橋藩を託され、厩橋城を三層三階の天守閣を有する近代城郭へと大改修しました。17世紀中期から18世紀初頭、厩橋の地名は前橋に改名され、前橋藩、前橋城となりました。酒井氏は老中や大老など幕閣の要職を務める名門でした。寛永2年(1749年)に姫路藩の松平家と前橋藩の酒井家が入れ替わりで転封となり、明治維新まで松平家が前橋藩を治めました。
前橋城は、酒井家の頃から利根川の浸食の影響により本丸移転など厳しい状況にあり、松平家になった後に本丸崩壊の危機となり、松平家は前橋藩の飛び地の川越城に移り、前橋藩の領地は川越藩の分領として陣屋支配となりました。
その後、横浜開港以降の前橋は、特産の生糸の輸出により財力を回復し、これに伴い藩主松平直勝は幕府に前橋城再築を願いました。慶応3年(1867年)江戸幕府が最後に築城許可を出した再築前橋城が完成。銃や大砲による戦いを想定した函館の五稜郭などと並ぶ当時の最新式城郭となりました。
(※2)総社城
城主秋元長朝は関ケ原の戦いの時、会津の上杉景勝を説得し帰順させた功績により、一万石の所領を与えられ総社城を築きました。
また、大阪夏の陣で秋元長朝の陣に助けを求めてきた女性が淀君だったといわれ、今でも総社町の元景寺に淀殿が眠るといわれる墓があります。
(※3)北条高広(きたじょうたかひろ)
戦国時代の厩橋城は、要衝の地として争奪が繰り返され上杉氏、武田氏、北条氏、織田氏と統治が変わりましたが、北条高広は長く城主を任されていました。